藩主プロフィール

◆藩主プロフィール


【12代】黒田 長徳(くろだ ながとも)

  • 代数: 第12代藩主
  • 在職期間: 1862年 – 1871年
  • キャッチコピー: 派閥抗争と時代の波に翻弄された最後の藩主
  • 主な功績・エピソード:
    • 子がいなかった11代の跡を継ぐため、他家(津藩・藤堂家)から養子に入りました。
    • 幕末の動乱: 藩内では「勤王派(海賀宮門ら)」と「佐幕派(臼井亘理ら)」が激しく対立。重臣・臼井亘理が暗殺される事件が発生し、藩論の統一に苦心しました。
    • 幻の「秋月県」: 1871年の廃藩置県により「秋月藩」は「秋月県」となりましたが、その存続期間はわずか4ヶ月(その後、福岡県へ統合)でした。
    • 長徳は東京移住を命じられ、先祖代々の土地を去ることに。領民や旧家臣に見送られながらの涙の別れが、秋月における黒田家統治の幕引きとなりました。
  • 家族・関係者: 実父:藤堂高猷(津藩主)、正室:山内豊資の娘

【11代】黒田 長義(くろだ ながよし)

  • 代数: 第11代藩主
  • 在職期間: 1860年 – 1862年
  • キャッチコピー: 幕末の足音が近づく中、若くして散った期待の星
  • 主な功績・エピソード:
    • 父の隠居により家督を継ぎましたが、父同様に学問好きで期待されていました。
    • しかし、わずか在位2年で病没。幕末の動乱が激化する直前の不幸でした。
  • 家族・関係者: 父:黒田長元

【10代】黒田 長元(くろだ ながもと)

  • 代数: 第10代藩主
  • 在職期間: 1830年 – 1860年
  • キャッチコピー: 科学技術と産業振興に熱意を燃やした開明派
  • 主な功績・エピソード:
    • 蘭癖(らんぺき)大名と呼ばれるほど西洋技術に関心を持ちました。
    • 藩内で「種痘(天然痘ワクチン)」の導入を進めたり、大砲の鋳造を行わせるなど、近代化への先駆けとなる活動を行いました。
    • 執政・臼井亘理(うすい わたり)を登用し、藩政改革を進めました。
  • 家族・関係者: 父:黒田長韶、重臣:臼井亘理

【9代】黒田 長韶(くろだ ながつぐ)

  • 代数: 第9代藩主
  • 在職期間: 1808年 – 1830年
  • キャッチコピー: 父の文教政策を受け継ぎ、文化を花開かせた君主
  • 主な功績・エピソード:
    • 父・長舒の政策を引き継ぎ、藩校「稽古館」をさらに拡充しました。
    • 蘭学(西洋の学問)にも関心を示し、保守的な藩内に新しい風を入れようとしました。
  • 家族・関係者: 父:黒田長舒

【8代】黒田 長舒(くろだ ながのぶ)

  • 代数: 第8代藩主
  • 在職期間: 1784年 – 1807年
  • キャッチコピー: あの「上杉鷹山」の実弟! 藩校『稽古館』を創設した中興の祖
  • 主な功績・エピソード:
    • 再建の立役者: 直系断絶の危機に対し、日向高鍋藩(秋月種実の末裔)から養子として迎えられました。
    • 名君の血筋: 米沢藩の名君・上杉鷹山の実弟です。
    • 教育改革: 兄の影響を受け、藩校「稽古館(けいこかん)」を設立。身分を問わず優秀な人材を登用し、後の秋月藩の「教育水準の高さ」を決定づけました。
    • 特産品(葛など)の奨励を行い、産業育成にも尽力しました。
  • 家族・関係者: 実兄:上杉鷹山(米沢藩主)

【7代】黒田 長堅(くろだ ながかた)

  • 代数: 第7代藩主
  • 在職期間: 1774年 – 1784年
  • キャッチコピー: 直系断絶の危機! お家騒動寸前で藩を繋いだ存在
  • 主な功績・エピソード:
    • 6代藩主の弟ではなく、隠居していた4代藩主の孫(庶子)が急遽継ぎました。
    • しかし彼もまた病弱で、在職中に一度も秋月に入国(お国入り)することなく、江戸で15歳で亡くなりました。
    • 重要: ここで初代からの直系血統が絶える危機に陥ります。
  • 家族・関係者: 祖父:黒田長貞

【6代】黒田 長恵(くろだ ながよし)

  • 代数: 第6代藩主
  • 在職期間: 1762年 – 1774年
  • キャッチコピー: 水害と凶作に苦しめられた薄幸の若殿
  • 主な功績・エピソード:
    • わずか9歳で家督を継ぎました。
    • 彼の治世下では大雨による洪水や凶作が相次ぎ、藩政は多難を極めました。20歳という若さで未婚のまま亡くなります。
  • 家族・関係者: 父:黒田長邦

【5代】黒田 長邦(くろだ ながくに)

  • 代数: 第5代藩主
  • 在職期間: 1754年 – 1762年
  • キャッチコピー: 穏やかな治世を目指した文人藩主
  • 主な功績・エピソード:
    • 生まれつき病弱でしたが、学問を深く愛しました。
    • 大きな政変はなく、比較的平穏な治世でしたが、在職8年で病没しました。
  • 家族・関係者: 父:黒田長貞

【4代】黒田 長貞(くろだ ながさだ)

  • 代数: 第4代藩主
  • 在職期間: 1715年 – 1754年
  • キャッチコピー: 財政難と向き合い、倹約令を出したリアリスト
  • 主な功績・エピソード:
    • 2代・長重の次男(3代の叔父)。兄の早世により急遽登板しました。
    • この頃から藩財政が厳しくなり、借銀の整理や倹約令を発布して立て直しを図りました。
    • 学問や狩猟を好み、文化的な側面も持ち合わせていました。
  • 家族・関係者: 父:黒田長重、妻:酒井忠挙の娘

【3代】黒田 長軌(くろだ ながのり)

  • 代数: 第3代藩主
  • 在職期間: 1710年 – 1715年
  • キャッチコピー: 幼くして家督を継ぐも、早世した悲運の藩主
  • 主な功績・エピソード:
    • 父・長重の死去に伴い家督を継ぎましたが、病弱のためわずか数年で亡くなりました。
    • 実子がなかったため、叔父の長貞が跡を継ぐことになります。
  • 家族・関係者: 父:黒田長重

【2代】黒田 長重(くろだ ながしげ)

  • 代数: 第2代藩主
  • 在職期間: 1665年 – 1710年
  • キャッチコピー: 半世紀近くの統治で藩政を安定させた守成の君
  • 主な功績・エピソード:
    • 初代・長興の長男。45年という長い期間在職し、藩の体制を固めました。
    • 京都の文化人や公家とも交流を持ち、秋月に京文化が流入するきっかけを作ったとも言われます。
  • 家族・関係者: 父:黒田長興

【初代】黒田 長興(くろだ ながおき)

  • 代数: 第1代藩主
  • 在職期間: 1623年 – 1665年
  • キャッチコピー: 偉大なる父の遺志を継ぐ、秋月5万石の創始者
  • 主な功績・エピソード:
    • 福岡藩主・黒田長政の遺言により、筑前国秋月に5万石を分与され立藩しました。
    • 荒廃していた秋月城(古処山城の麓)を整備し、陣屋(居館)と城下町を建設。現在の**「筑前の小京都」**の基礎を築きました。
    • 島原の乱(1637年)に出陣し、武功を挙げています。
    • 家老などに与えた文書には、「百姓ヲ憐ミ」とか「百姓ニ痛カラザルヨウニ」などの文言があり、藩財政を支える農民に対して無理な年貢や労役を課さないように戒めています。
  • 家族・関係者: 父:黒田長政(福岡藩初代)、祖父:黒田官兵衛(如水)

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